日本でアーユルヴェーダというと体の健康法とかインド式美容法という印象が強いように思われます。しかしアーユルヴェーダは奥が深いのです。深すぎるくらいです。インドでアーユルヴェーダを学ぶたびに、アーユルヴェーダは魂と潜在意識に深くかかわる奥深い医療であるという理解が一層深まります。

 哲学と医学が一体のアーユルヴェーダ

西洋医療をベースとした現代医療は体と心を切り離して考えます。なぜ切り離して考えるようになったかというと、キリスト教会と医学界との間の勢力争いが背景にあったようです。両者の抗争の結果、心と魂はキリスト教会の持ち分、体は医学界の持ち分というようにテリトリーを二分して手を打ったのです。

しかし、インドは哲学界と医学界が一体化しているのでテリトリーを二分することなく、人間を体、心、魂の総和として取り扱う医療が発達したのです。それがアーユルヴェーダです。

広大な潜在意識の世界

 実際、体の病気の多くは心に起因しています。心には顕在的な心(顕在意識)と潜在的な心(潜在意識)があります。顕在意識は簡単に言ってしまうと脳です。判断したり、推測したり、計算したり、予想したりする脳の力が顕在意識です。

一方、潜在意識は無意識とも言われます。思ったり、見たり、聞いたり、読んだり、感じたり、触れたりすることのすべてが潜在意識に貯蔵され記憶されます。潜在意識のことをアーユルヴェーダでは「チッタ」といいます。チッタに刻まれたネガティブな記憶が体の病気を引き起こすことがよくあります。感染症を除いてほとんどの病気はチッタに起因しているといっても過言ではありません。

例えば腰痛。ひどい腰痛を経験した人のなかには、腰の骨や神経の障害が治ってもなお痛みを感じる人がいます。脳に痛みの記憶が残っているからです。つまりチッタに痛みの印象が刻まれているのです。現代医療はようやく心と体の関係について光を当てようとしています。痛みの記憶を消すために認知行動療法を取り入れ始めています。

これに対してアーユルヴェーダは、チッタの中の記憶は消せないけれど、倉庫の奥のほうに仕舞うことはできると考えます。倉庫の奥に片づければ消えたと同じことです。チッタはハードディスクのようなものです。つねに「こうかい」と打ち込んで「公開」に漢字変換していると、そのうち自動的に「公開」が優先的に表示されます。チッタはそれと同じことで、つねにネガティブな思考を抱いていると自動的にネガティブな思考が優位に立つし、つねにポジティブな思考を抱いていると自動的にポジティブな思考が優位に立つのです。潜在意識は広大な世界です。ジヴァ・アーユルヴェーダで私たちに講義をしてくれたドクター・クルディープによると、顕在意識の情報処理能力が毎秒40ビットほどなのに対して、潜在意識の情報処理能力は毎秒4000万ビットもあるそうです。顕在意識の100倍です。この数字がどうやって計算されたのかわかりませんが、潜在意識のほうが圧倒的に強力であることがわかります。潜在意識がネガティブになったら体に病気をもたらすことは容易に理解できます。だから、ヴェーダ哲学を土台とするアーユルヴェーダは、ネガティブな行いや感情や経験を倉庫の奥に片づけるために呼吸法や瞑想を実行し、マントラを唱えるのです。マントラは、ハードディスクであるチッタのウィルス対策ソフトなのです。

体を浄化

潜在意識をポジティブにするために呼吸法や瞑想やマントラを実行する一方、心や魂の表層部である体を浄化することも忘れてなりません。そのために体質に合った質のよい食事を心がけ、規則正しい生活をし、ときにはパンチャカルマ(浄化療法)を行って体の中を浄化します。ボディーマッサージ(アビヤンガ)などのオイル療法はリラクゼーションのためではなく、体を浄化することによって体、心、魂が一体となるためにあるのです。

魂のエネルギー源は無償の愛

そして魂は決して病気にはなりません。魂は物質ではなくエネルギーですから病気にはならないのです。しかし充電は必要です。魂は何で充電するのでしょうか。それは「見返りを求めない愛!」です。無償の愛のみが魂を充電させることができるとアーユルヴェーダは考えます。

こういう話をインドで聞くこと自体が体と心と魂を満たしてくれます。これがアーユルヴェーダの宇宙なのです。