私たちは「あの人にこんなによくしてやったのに、ちっとも感謝してくれない」とか「先週、同僚の仕事を手伝ってやったのに、私が忙しいときには手伝ってくれない」と考えることがあります。だれでも経験したことがある気持ちでしょう。そう思うと気持ちがイライラし、相手が憎らしくなったりします。そうした感情についてDrサトヤナラヤナ・ダーサはどう答えているでしょうか。

【質問】

私は両親のために何かしてあげるのに、親が私に何もしてくれないのは一体どうしてなんでしょうか。両親が傷ついているとき私は味方になってあげたのに、私が傷ついた時に彼らは私の味方になってくれません。

 

【Dr.サトヤナラヤナ・ダーサの答え】

あなたの置かれている状況は、自分を省みて成長するのに素晴らしい機会です。成長には痛みが伴いますし、簡単なことではありません。たいていの人は苦痛を避け、快楽を求めます。あなたが自ら一歩踏み出して傷ついたところに目を向けるのは、ペルシャ語詩人・ルーミーの言葉「傷、そこから光はあなたの中に入る」の意味するものです。自分が何をしていて、自分を傷つけどんなことを考えているのかをみつける勇気を持っていれば、内省により心は明晰になり、苦痛も和らぐことでしょう。あなたが傷ついているときに両親が支えてくれないのはなぜか、何か思い当るものはありますか?両親が「お返し」をしてくれない理由がわかると役に立つと思います。両親があなたに期待していることがあって、でもあなたはそれに応えてこなかった、あるいは応えていないのかもしれません。両親がしていることがあなたを傷つけている、という状況に目を向けるのではなく、あなたの行いによって両親を傷つけているのではないか、さらにはあなた自身をも傷つけているのではないかと考えてみてください。私たちはつらかったり傷ついていたり、拒絶されたり孤立していると感じていると物事を正確に見ることができなくなり、自分自身も大切な人に苦しみをもたらしているかもしれないことに気づきません。さらに、自分を苦しめているのは状況そのものではなく、状況に対する自分自身の考え方や感じ方なのだということに気づかないでいるのです。

あなたが傷ついているとき、両親があなたの味方になってくれることで両親の愛を感じたい、と思うのは自然なことです。あなたが孤独や痛みを感じているときに両親がそばにいてくれないというのはとても寂しいことです。特に両親がつらいときに彼らの支えになってあげて、彼らにとって「良い娘」でいたのならなおさらです。やってあげたことに対する見返りとして同じようにしてもらいたいと期待するのはとても理解できます。しかし、真実の愛とはそういう性質のものではありません。私たちは学校で真実の愛とは何かを教わることはありません。真実の愛を教える学校があったとしたら、そこでは次のように教えるでしょう。真実の愛は勘定に入れるものではない。見返りを期待しない。ただ愛したいから愛する。バラが通りすがりの人に何の見返りも求めずに芳香を発してくれるように。花びらをもぎ取られても、無視されても、つばを吐かれても、バラは美しい香りを全ての人に与えてくれます。バラはただ与えるだけで、何ももらえなくてもよいのです。真実の愛は、このように他者の喜びが自分の喜びになることにあります。他者があなたを喜ばせることにあるのではありません。

あなたが置かれた状況を考える方法が一つあります。両親に対して親切で愛情深く、敬意をもって接するのは娘として義務だと考えることです。クリシュナが『バガヴァッド・ギーター』の中で、義務を遂行し結果に固執しないようにとアルジュナに説いたようにです。両親があなたの行為をありがたく思おうが、批判しようが、お返しをしてくれなかろうが、あなたはただ心を乱されることなく義務を行うのです。美しいバラのように、両親に愛を無償で与え、見返りは何も期待しないことです。無償の愛を実践する特別な機会を両親から与えられたと考えてみましょう。この考え方を受け入れるか否かはあなた次第です。

【実践的エクササイズ】

両親がどんなふうにあなたを支えてくれず、あなたを傷つけたのか書いてください。彼らがしたこと、あるいは言ったことを細かく記述します。

次に、あなたが両親に望んでいたことを書きます。あなたが傷ついたと感じたとき魔法の杖のひとふりで彼らが完璧なことをしたり言ったりしてくれたとしたら、それはどんなものだったでそうか?

彼らが実際にしたことと、あなたが彼らにしてほしかったことを比べてみます。期待と現実の違いに気づくでしょう。他人を変えることはできない、それが現実なのだ、とブッディ(知性)を使って自分に言い聞かせます。他人は、彼らがしたいことをします。それをあなたはどうすることもできません。変えられるのは、彼らの行動に対するあなたの認知だけです。されたことや言われたことはポジティブにとらえることも、あるいはネガティブにとらえることもできます。ポジティブなほうを選んでください。両親のしたことや言ったことをあなたが心穏やかに感じられるように考え方を再構築し、ポジティブなことを書いてください。例えば、「両親が私のことを愛しているのはわかっている。私が傷ついていると感じているときに彼らは支えてくれないけれど、それは私のことを愛していないという意味ではない」といった具合です。

次に両親に新しく期待することを書いてください。彼らの過去の行動からあなたが学んだことをベースにします。そして、あなたがそれらにどう反応するかを書きます。例えば、「この先、私が傷ついたとしても、もはや両親は私が望むような形で支えてくれないのだと想定する。しかし、それによって私の心の平和が乱されることはない。彼らがそのようにふるまっても、それは想定の範囲内なのだから、もう驚いたり傷ついたりしない。私はただ娘としての義務を果たし、親を愛し、見返りは何も期待しない」など。

自分をふりかえり、あなたが傷ついたときなぜ両親はあなたの支えになってくれないのか、思いつくことを書きだしてください。あなたのことを愛しているのに、支えになってくれないのはどうしてでしょうか?何か理由があるはずです。彼らはあなたに何かを求めていて、それが満たされていないのかもしれません。相手の身になって考えてみましょう。彼らがあなたを支えてくれない何か違う理論を書いてみてください。

彼らの身になってみて、考え方を変える努力をしてみましょう。あなたが心穏やかになれるような、何か違うことを自分に言います。例えば「私は、両親が喜ぶよう、彼らの期待に沿うよう自分の行動を変えることもできるし、彼らが私の支えになってくれなくても自分の心を平和に保つよう考え方を変えることもできる。しかしどちらを選択しても、彼らが私をどのように扱おうとも、私は自分の心を平和に保つ」といったことです。